尺度一点張りの正確さや精密さは徒な煩雑さを招き当意即妙な自由を失っている。
(永井荷風*)
荷風散人、私が初めて全集を買った作家である。骨董品を買うような感覚で、全集を買ったのである。何故か、価値がこれからも増殖する日本の作家の一人であるように思われたからである。特に小説よりも評論や随筆の文章は常に緊張感があり、崩れることがなく、明解で一級品なのである(性格は最悪だったらしいが、こんな頭の良い人は日本には少ないかもしれない)。日記の『断腸亭日乗』は古典として未来永劫読み続けられるのではないだろうか。
さて、そんな荷風の格言である。
現在、AI(Artificial Intelligence―人工知能)の時代などといって、善きも悪しきも、その効用についての議論がかまびすしい。しかし、とにかくアナログな私は、世間とは逆行して、知らぬ存ぜぬを通して、できるだけ無為自然の瞑想的(アタラクシア)な生活にシフトしようと心に決めているのである。ところがである、このAIは頼みもしないのに、人の生活に浸食し、あげくに便利で合理を謳い文句に、我が頓馬な脳を、もっと怠惰な脆弱なものにしようとするのである。かつてジャーナリスト大宅壮一はTV時代を「1億総白痴時代」と称したが、こりゃ今度は「1億総間ヌケ時代」が到来しそうなのである。当為即妙な自由が分からない人間を「間ヌケ」という。AIはまさに「間ヌケ(0と1でしかない)」なのである。

*永井荷風(ながいかふう)-明治12(1879)年12月3日 東京生まれ、 昭和34(1959)年4月30日没、日本の小説家。本名は永井壯吉(ながい そうきち)。号に金阜山人(きんぷさんじん)、断腸亭(だんちょうてい)。日本芸術院会員、文化功労者、文化勲章受章。 著書は『あめりか物語』、博文館(1908年)/ 岩波文庫(改版2002年)、『ふらんす物語』、博文館(1909年 発禁)/ 新潮文庫(改版2003年)、『荷風全集』全6巻、春陽堂(1918年 – 1920年)/ (1925 – 1927)、『荷風全集』全24巻、中央公論社(1948 – 1953)、『荷風全集』全28巻、岩波書店(1962 – 1965)/ 第二次版(全29巻:1971 – 1974)、『新版 荷風全集』全30巻、岩波書店(1992 – 1995)/ 第二次版(2009 – 2011)、別巻1を増補、『断腸亭日乗』中島国彦・多田蔵人校注、岩波文庫(全9冊、2024-)第1巻全文収録。