人間の偉大さを言い表すための定式は運命愛である。すなわち、何事にもよらず現にそれがあるのとは違ったあり方であってほしいとは思わないこと、前に向かっても、後ろに向かっても、永劫にわたって絶対に。必然的なものを耐え忍ぶだけでなく、いわんやそれを隠すのではなく―理想主義というものはすべて必然的なものを隠す嘘だ―、必然的なものを愛すること…。
(*ニーチェ)
<運命愛>、ニーチェが行きついた究極の思想的な立場である。彼は危険(価値転倒の極端さが)な思想家などと言われ、好き嫌いの別れる哲学者だが、私には大変誠実で健全な思想家だと思われる。ここで言われていることも、<今ここで>、自分や人生を肯定することができないと、必ずや<if>あの時、違った選択をしたならば、今、もっと…。などと今を恨むようになるのである。そして挙句の果てが、このようにしたのは<何(誰)なのだ>という<責任者>探しが始まるのである(おー日本の戦後がそうだった)。彼は、それは<自由意志>があるなどと思っている誤謬なのだという。また、それは過去だけでなく未来もそうであるという。未来がこうあってほしい、いわば<自由意志>で未来をかえられると思うのも誤謬である。故に理想主義には、多くの捏造が蔓延(はびこ)るのである。まさに決定論者なのだが、そこから「永遠回帰」という壮大な思想の到達点に向かうのである。

*フリードリヒ・ヴィルヘルム・ニーチェ(独: Friedrich Wilhelm Nietzsche, 1844年10月15日 – 1900年8月25日)は、ドイツ・プロイセン王国出身の哲学者・古典文献学者。古典文献学者フリードリヒ・ヴィルヘルム・リッチュル(英語版、ドイツ語版)に才能を見出され、スイスのバーゼル大学古典文献学教授となって以降はプロイセン国籍を離脱して無国籍者であった。辞職した後は在野の哲学者として一生を過ごした。随所にアフォリズムを用いた、巧みな散文的表現による試みには文学的価値も認められる。著書に『悲劇の誕生』『道徳の系譜』『ツァラトゥストラはかく語りき』『善悪の彼岸』『反時代的考察』など。