「溶けて流れて」カテゴリーアーカイブ

清掃夫は見た-?だけど、愛しき人々➈

外資系高級ホテル編

第6章  清掃というお仕事

 序章で投資家のトカゲ男について触れたが、私がホテルにいた3年間、数回、このトカゲ と顔を合わせる機会があった(隣のレジスタンスに居るのだから会っても不思議ではない)。彼はあの時のことなど忘れているのだろう、私の顔を見ても何の反応を示すことはなかった。この間、私は、時々、あれは何だったのだろう、と考えることがあったが、私は私なりの結論に達したのであった。
 あの時、彼は投資家たちの集まりのパーティーで、あの女子と楽しく話すことが出来た。そこで、金はあるが、女のいない彼は大変上機嫌だった。あわよくば宴がお開きなっても、どこかに誘ってと思ったかもしれない。そこで誘ったのだが、何せトカゲのように気持ち悪い男である。彼女たちは早くこの場を去ろうと隙を見計らって逃げ出した。
 さあ大変彼は彼女たちを追っかけた。そこで清掃している私を出くわすのであるが、日頃飲み慣れていない酒を飲んで酔っ払ったのと同時に、女に逃げられてパニクってしまった彼は、?(不思議)私を自分の会社の部下と勘違いしてしまい(ひょっとすると私と背格好が似ている新人がいた。)、そしてあのような暴挙に出てしまった。これが本当ならば少し彼の行動も筋が通ってくるのですが、どんなものでしょうか。
 彼はどこかで、私が部下ではないと気づいたのだろうが後の祭り。落としどころをどうして良いのかわからず、最後にトイレに駆け込みあの結末を迎える。この筋書きが出来た時、まさに私はスパッと頭の中の靄が晴れたのである。
 そう考えると、あの時のあれだけの怒りが嘘のように氷解しだし、トカゲも何だか可愛らしいなと思うようになってくるのが不思議であった。まあトカゲもお金があるのだから早く女を見つけ、もっともっと日本のために頑張ってくださいと、清掃夫には言われたくないだろうが、言わせていただくと、彼とは私の中で一人和解したのである。 
 ここで少し清掃業とはどういう業界なのかを少し解説しておきたい。そんな業界どうでもよいとお思いの方は、この頁(ぺーじ)を飛ばしていただいても結構です。
 清掃業というのは、ビルメンテナンス業の一部に位置づけられ、ビルメンテナンスはその他にビルの設備管理、保安設備・駐車場管理の仕事がある。言わばビル全体を安全・安心、そして清潔に管理することを目的とする仕事で、現在全国に32,157社(社団法人全国ビルメンテナンス協会会員企業)ほどの会社があり、その就業人数は50万人ほど。
 ただ、全体の就業人数の7割が清掃業で、ビルメンテナンス業は清掃業で成立しているといっても過言ではない。
 常勤従業者の年齢別構成は50~59歳が36.2パーセント、60~64歳が18パーセント、65歳以上が9.6パーセントと50歳以上が6割と高年齢の就業者が多い業界である。これは当たり前で、好き好んで若い時から清掃の仕事をする人間などいないのが現実なのではないだろうか。また就業者の8割近くがパート、アルバイトという非正規従業員で、全国平均賃金(時給)は766円(東京は980円)<2010年現在>。これも清掃など誰でも出来るという実態を反映している証拠ではないか。社員の平均給与は40歳平均でも年収3,500,000万円ほどで、とにかく私の見る限り労働業界でも下から何番目かに入る低さなのである。
 これは、ひとえに清掃という職業の社会的評価の低さを反映しているわけで、業界全体がどうすれば、もう少し清掃業の価値を高めることが出来るかが、やはり一番の課題なのだがなかなか困難なのはその現場で働いているとよく分かるのである。
 それでも特殊清掃等(高層タワーや高い仏像などの危険区域のプロフェッショナル清掃や自殺現場や孤独死部屋などの清掃はそれなりに高時給だが)は報酬的には高いが、これは誰もやりたがらないという意味の希少性なだけで、社会的に評価を受けるのとは違うだろう。よく新幹線の準備清掃のスピード清掃がその素早さとともに適格さで評価されマスコミなどで取り上げられるくらいが関の山なのではないだろうか。
 どこぞのアンケートで、世の中のAI(人口知能)化による絶滅危惧職業のランクで、1位タクシー運転手の次に堂々2位にランクインされていたが、これなども清掃の仕事にたいする無理解の表れのように感じる。とにかく誰でも出来る簡単な仕事で、汚くて格好悪い仕事では断トツなのは否めない、それでいて報酬が低いのであるから何をか況やである。
 私も掃除と洗濯は嫌いな行為ナンバー5ぐらいに入るのではないだろうか。そんな私が清掃の仕事をしているのだから皮肉なものである。
 因みに掃除と清掃の言葉の違いは、掃除は一般家庭などで日常簡単に行われるもので、プロ(お金を貰う)が大がかりに行うものを清掃と言う。故に蛇足だが、憂歌団の「おそうじオバちゃん」という歌は正確には「せいそうオバちゃん」と言わなければ失礼なのである(きっと歌の中のおばちゃんはプロの清掃婦だろうから)。ただ「せいそうおばちゃん」では何とも親しみがないが・・・・。
 この曲が出て、案の定「要注意歌謡曲指定Aランク」になり放送禁止になってしまったがが、歌詞は

 あたしゃビルのおそうじオバチャン
 あたしゃビルのおそうじオバチャン
 モップ使って仕事する

 朝・昼・晩と便所をみがく
 朝・昼・晩と便所をみがく
 ウチの便所はもうイヤヨ

 一日働いて、2,000円!
 今日も働いて、2,000円!
 明日も働いて、2,000円!
 クソにまみれて、2,000円!
 あたしゃビルのおそうじオバチャン

 こんなあたしもユメはある
 こんなあたしもユメはある
 かわいいパンティはいてみたい
 きれいなフリルのついたやつ
 イチゴの模様のついたやつ
 黄色いリボンのついたやつ
 アソコの部分のスケてんの
 あたしのパンツはとうチャンのパンツ

 あたしゃビルのおそうじオバチャン
 あたしゃビルのおそうじオバチャン
 今日も歌って仕事する

 ワッシュビ、シュビ・ドゥ・ワッパ
 ワッシュビ、シュビ・ドゥ・ワッパ
 今日も歌って仕事する
 今日も歌って…

とさすがにある反面、職業差別的に見下しているような歌だが、これを聴いて差別などと言う清掃婦がいるだろうか。定義から言わせると「せいそう」と言わないで「おそうじ」と言ってしまっていることと、さすがにナニワの露骨な下品さで、オバちゃんを侮蔑しているということで怒るかもしれないが…。
 私は、何か救いようのない業界のように書いているが、そんなこともない。
 私の見る限り、社会的貢献度としてはかなり高い位置にあると思うがその仕事が直接お金を生み出すわけでないので見過ごされてしまうというのが本音のところかもしれない。思うに主婦の仕事がかなりの重要度であるのに、当たり前と思われる仕事過ぎてなおざりにされてしまうのと似ているかもしれない。
 私は全国に清掃業の人間がいなかったら、どんなに日本は不潔で汚い国になっているか、想像してみて下さいと言いたい。
 この仕事は、スキルがあまり必要ないので(ほんとうはスキルの差は非常に出やすいのだが、これはこの職業についた人間にしかわからないだろう)、間口が広く、誰でもすぐに就業できるので失業者の救済にたいしても非常に役立っているのだが、バカなホワイトカラー層には知らぬ存ぜぬ、存在自体が目に入らないのである。
 また年金暮らしで、もう少しお小遣いが欲しいという人には、体力を付けるにも良いし、家に籠りがちになりコミュニケーション不足も解消出来、ボケ対策にもなり大変有意義な仕事だと思うのである。ただ社会的エリートだった人は、清掃夫に見をやつすのはタマラナイだろうが、それはそれ、朝は早くほどよい運動量で健康にはもってこいの仕事であるのは確かで長生きするには良い仕事なのではないだろうか。一度お試しあれ。
 私が経験して、この業界に不満なことは、余りにもお客さんに言いなりになり過ぎ、こちら側の提言が少な過ぎるような気がするのである。会社側の社員もたかが清掃屋という自虐的なところがあるのかクライアントに言われっぱなしなのである。これも自分たち清掃のスキルに対する自信のなさの表れなのか。誰でも出来るのだが、そこにはちゃんとしたスキルがあるのだということをもっと唱えて然るべきなのに、それが出来ないというのが業界の貧弱さなのだと思う。業界全体が清掃スキルに対してもっと深く考えた方が良いように思うのだが如何なものか(ただスキルを求めすぎると、間口が狭くなり先程述べたことと矛盾してしまうが…)。
 それでいて、社員は背広など着込んで、ホワイトカラーずらしているのだから、半分外部の私からみても痛々しいのである。逆に言えば清掃業など作業着で歩き回っているほうがプロらしく見えると思うのだが、何ともどうしてなのか背広・ネクタイを好むのである(実体は社員もほとんどが背広脱いでゴミ拾いやバキュームを掛けているのにである)。
 また、社員は背広・ネクタイなど好むくせに、現場の作業員に着せる制服に対するセンスがないのはどうしてだろう。これ以上貧乏な人間はいないというようなセンスの作業着だから酷いものである。こういう業界だからこそセンスのよい作業着が必要なのにこの辺に関しても何だかな、なのである(最近はポロシャツ、コンパンで格好の良い制服も現れたが。具体的に言わせてもらえば東京メトロの清掃員の制服、酷すぎるから何とかしろ、貧乏がもっと貧乏にみえるだろ)。
 現在、この業界が頭を痛めているのは、政府が非常勤労働者(パート・アルバイト)にも保険、年金をという施策で、一日4時間以上週5日20時間以上の雇用者には、保険と年金を加入させなければならないといと義務化したため、非常勤労働者の多いメンテナンス業界は保険料の増大で、会社存亡の危機に関わる大きな問題に直面しているとのことである。そのため会社側はパート・アルバイトに一日3時間以上は働かせないという、規制をしだしたのだが、それだと人が集まりにくく、会社側も頭を痛めているのである。
 清掃業の仕事現場は、前述したように、ビルのオフィス、店舗、ホテル、学校、病院、マンション、公園、駅等、人間が生活する場の全ての範囲と言っても過言ではないだろう。
 その中で清掃業の一番の仕事はゴミ処理なのではないだろうか。この業界でアルバイトをして一番驚いたのは、毎日よくぞこれだけゴミが出るものだということである。オフィスビル等そのほんの一部を毎日処理していたわけだが、その量たるや半端ではないのである。都内だけ考えただけでも、果たしてどれだけのゴミが排出されるのか、それを考えてだけで頭がクラクラしそうなので考えないことにしているが、人間の外にゴミがあるのではなく、ゴミの中に人間がいるのだと形容しても強(あなが)ち間違いでないような気がする。そして、ここでは敢えて述べることはしないが、私のゴミ処理の体験から、ゴミ処理構造が何とも奇妙なのを知ったことは良い経験であった。
 ともかく、当たり前だが汚いところを綺麗にすることが清掃業の仕事で、毎日50万人ほどの人間がその仕事に従事しているということを知っていただければと思う。また日本が世界的にもシンガポールと1,2を争うほどのキレイな国だということ、それを支えているのが清掃員だということを認識してほしいものである。