「溶けて流れて」カテゴリーアーカイブ

清掃夫は見た-?だけど、愛しき人々⑥

外資系高級ホテル編

第3章 外資系高級ホテルは、何故精神に変調をきたす客が多いのか?

休憩時間になり、メンバーが従業員食堂に集まってきて、それぞれ、誰が決めたでもない定位置に席を取り出した。隣に座る高木さんに15日年金が入ったら2万円貸してくれないかと依頼をすると、彼は「宮ちゃんの頼みじゃ断ることできないな。2万でいいの」といつものように簡単に承諾してくれた。私はいつからだろうか、彼とお互い苦しい時にお金の貸し借りをするようになり、それを「二人頼母子講」などと言っていた。

 とにかく苦しい時に高木さんがお金貸してくれどれだけ助かったか分からなかった。

それをまた田中が聞き、「宮田さん、そういうの良くないよ」としたり顔して言う。私は苦笑いながら「まあ、お互いちゃんと返しているから」と答えながらも、<テメエは、金の貸し借りができるほど仲の良い人間など一生できないだろう。何様のつもりなんだ、このボケ>と心の中は煮えくり返っていた。

 崔さんが、何やら思いつめた顔つきで戻ってきて、私の前に座ると

「宮田さん、ワタシ、岡島サントアワナイヨ」と呟く。

「どうしたの」

「カレ、ナンダカキモチワルイヨ」と露骨に嫌な顔付する。

「あいつこれとか」と私は手の甲を頬につけ軽口をたたいた。

「カレ、シンパイゴトガアッタラボクニイッテトカイッテ、ボクカラハナレナイカラ、

 アナタウルサイヨテイッタラ、コンドハボクヲ監視シテ、仕事ノワルクチイウノ」

「何て言うの」

「ホコリガノコッテイルカラトカ、シカクノユカヲマルクハイテイルトカ、ボスニイワレルナラワカルケド、ナンデアイツニ、イワレナケレバナラナイノ」と崔さん熱っぽく語る。

 噂をすればではないが、岡島が入ってきたので崔さんに目配せをすると、彼は頭に血が上ってどうしようもなくなったのか、こちらに向かってくる岡島に近づき、

「ワタシ、アナタキライヨ」と言って出ていってしまった。

 岡島はバツが悪いのか、所在なげにしていたかと思うと端の空いてる席を見つけ腰を下ろした。

 それから数日後、岡島は班長の伊藤に、崔さんとは一緒に仕事したくないとコンビの変更を願い出た。私は岡島の口とは裏腹の粘り腰のない淡泊な行為に、やはりなと岡島という人間の狭隘さに改めて感じいったのである。

 私は岡島に

 「まあ、中国人もちゃんとした人もいるから気にしないほうがいいよ」と慰めなのか嫌味なのか分からない言葉を投げかけ、

 「もう一人中国人が、来週来るらしいよ」と冗談を言うと

 「勘弁して下さいよ」と岡島は顔を顰(しかめ)た。

 岡島の懇願はすぐ通ってしまい、何と私がまた崔さんとコンビを組むことになってしまったのである。

 外資系高級ホテルにもなると世界各国のVIPが宿泊するのだが、様々な国際的なスターは常日頃からホテルを利用しているので驚かないが、その中でもぶったまげるのがアラブの王様ご一行であった。彼の行動が半端なしに凄いというのをこの仕事で教えられた。

 アラブの王様と言っても、ナンバー2、3なのだが(ナンバー1は国賓として迎賓館に泊まる)、まず、彼らがお泊まりするときはひとフロアー貸し切りになり(20室)、 万全な警備体制で、その時ばかりはスパもレストランも一般客は立ち入り禁止になる。

 総勢4、50人ほどが泊まるのであるが、各施設を周り挨拶変わりにチップを置いていく、さすがに清掃の事務所には置いていくことはないが、地下のクリーニング施設(洗濯屋)には一万円を紙に包み置いていったと噂になった。施設に働く従業員が、彼らのために何かをするとそのつどチップを渡されるのだが、そのチップの合計金額だけでも数百万をこえているのではないだろうか。もっと驚かされるのは、3日間ホテルに滞在して落としていったお金が3億円だと言う。どこぞの知事が千葉の温泉プールで公私混同して大騒ぎなるのとは大違いで、エネルギー(石油)パワーをまざまざと見せつけられたのだが、彼ら石油が枯れてしまったらどうするのだろうかと、考えてもしょーもない老婆心が働いてしまうのはどうしてなのだろう。

 もっと驚くのは、慣れっこなのだろうが、動揺することなく平然と日常業務のように熟(こな)してしまうホテル側もさすがプロ、凄いのである(当たり前か)。

ホテルには様々な人間が訪れてくるが、その中で、礼儀のない不愉快な行為は、常日頃からあるので気にはなるが仕事にかまけて忘れてしまうのであるが、呆れてものも言えないという行為に出くわすと、さすがに寛容な?私でも頭に血が上ることもある。

  高級レストランのテーブルの裏には悪魔が棲みついているという言葉をご存じだろうか、

 まあ、大きな危険な裏取引をするときに、テーブルの下を使いながら密かに行うという比喩的な意味合いで使われているのだろう。それとは少し違うが高級レストランのテーブルの裏はガムだらけなのは余り知られてないのではないだろうか。私も驚いたのだが、レストランの清掃をしているときのルーチンにテーブルの裏側確認というのがあり、とても重要な仕事になっているのである。はじめ何のためにそんなことをするのかと疑問に思ったのだが、すぐにその疑問が氷解したのである。何とテーブルの下はびっしりとガムの瘤が出来ているのである。最初余りの多さにただ驚くと言うより呆れてしまったが、それを見つけ剥がしていくのも清掃の仕事ひとつになっている。

 誰が何故に、こんな所にガムを貼り付けていくのか。こんな行為自体考えてみたことがないので理解に苦しんだが、そのほとんどはアメリカ人(特定していいのかは疑問だが)が犯人だそうだが、さあ食事をしようとすると、噛んでいるガムの捨てどころに困って、そのまま、テーブルに貼り付けて何食わぬ顔をして食事をしているのだそうだ。驚愕はこれだけ貼り付いているのだから一人や二人ではないのである。このマナー知らず達の神経と脳みその中は如何なるものになっているのかと唖然とするのである。

 もっと凄いことに、半年前、食事が終わった後、床にガムが何個も落ちているとクレームをつけ、食事代をタダにして帰った外国(アメリカ)人がいたそうだが、明らかに確信犯で、テメエがテーブルの裏にガムがあるのを知っていて剥し落としたというのが、おおよそだろうと言うことだった。

 その話を親しくなった客室清掃の東條のお母さん(朝一番に来る客室清掃員)にすると、そんなこと大したことないよと、客室○○チ話を聞かされた。

 彼女は、もう何十年と様々なホテルで客室清掃をしているのだが、高級ホテルへ嫌がらせなのか、○○チの多いのには閉口したそうである。

 嫌がらせ○○チが置いてあるのは、月に数回はあるということだった。

 もっと凄いのは、朝チェックアウトした部屋を清掃で入ると、異臭がするので部屋の四辺を見渡すと、乱れたベッドの枕元にまだ湯気が出ていそうな○○チがホッコリと乗っかっていたので、どうにかしなければと○○チに近づくと、その○○チにカミソリがいくつも刺さっていたそうだ。さすがにお母さん、その時ばかりはこの仕事を辞めようと思ったらしい。何の恨みがあってそんなことをするのか、そしてその犯人はまたまた中国人だとお母さんは言う。さらにお母さん、一般ホテルに較べて高級ホテルの客のマナーの悪さには呆れかえると言っていたが、ホテルの特殊性が客の精神に異様な影響を与えてしまうのが原因なのか、確かにトイレでもやけに嘔吐物(ゲロ)が多く散らばっているような気がしたものである。

 何だか余りにも中国人が頻出するので、あたかも中国人を俎上に載せ(あげつらい)、批判する書という様相を呈してきたが、くれぐれもそんなことはなく、ただ私の体験したことと、また信頼している人から聞いた話を何も隠し立てなく、少々の自分の見解を交え書かせていただいている本だということをご理解いただければと思うのである。